(2)舞女(まいひめ)

神宮での時間は…
わたしにとって何ものに変え難い
人生の中でも最も美しく
本当に幸せな時間でした。

神宮では
朱い袴をはいている若い女性を『巫女さん』とは呼びません。

『舞女(まいひめ)』と呼びます。

伊勢の市民の方たちもご存知で
『まいひめさん』と呼ばれますし…

神宮職員の中には
もっとラフな感じで親しみを込めて
『まいちゃん』なんて呼ばれることもありました。

その…『まいひめさん』とは
どんなことをしているかというと…

一番のお仕事は、神楽殿で舞を舞うことです。
毎日毎日、神楽の際に
『倭舞(やまとまい)』という舞を舞うのです。

ふだん履いている朱色の綿のくるぶし丈の袴ではなくて

絹の緋袴、そして真っ白な千早を着て
紅梅の天冠をつけ、五色を巻いた榊を持って舞うのです。
毎朝の潔斎、お掃除ののちは
こうして日々重ねられる神楽殿での舞を舞い捧げるのです。

そう…来る日も来る日も…です。

神宮の中でのいろいろなことは
どのあたりまで、こういうネット上に載せてしまっていいのか、わたしでは判断がつきませんので

またそんな機会があります時に
直接お話しさせてくださいませね…。

わたしが、そんな神宮に置いていただいていたのは
わずか二年。

すぐに結婚が決まり、あれだけ恋しかった御殿には上がれなくなってしまいました。

そんな神宮でのことを

こんなふうに思っていただけていたなんて…

と驚く出来事が、その20数年あとにやってきたのです。

それはそれは…わたしにとっては
心が震えるような出来事でした。

神宮を辞め、いろいろな事があり
まさに真っ暗なトンネルの中にいる状態の40代前半の頃です。

ある場所で
神宮でお世話になっていた方と偶然にも再会したのです。

その方は、私たち舞女に舞を教えてくださる先生だった方です。

ふだんは、飄々としていらっしゃいますが
ひとたび舞い始めると、それはそれは美しい舞を舞われる男性でした。

お歳まではっきりとはわかりませんが
18歳のわたしには、おじいさん…に見えるようなお歳だったと思います。

その方と、20数年ぶりの再会。

2年しか神宮にいなかったわたしのことなんて覚えていてはくださらないだろう…と思いながらも
ご挨拶をさせていただき名刺をお渡ししました。

そしたら、その数日後…

その先生からのお手紙がわたしの手元に届いたのです。

そこには

『50年近くの間、神宮さんで500人を超える舞女さん達に舞を教えてきましたが

その中にどうしても忘れられない舞女さんが3人います。

あなたは、その中のひとりです。

ご尊敬申し上げておりました。』

と、美しく丁寧な文字で書かれていました。

その文字に震え…
どんなに嬉しくて涙を流したことか…

誰に評価されることもなく
御殿では神前に向かって舞を舞います。

決して、参拝客の方の方を向いてではありません。

その姿を、こうして見ていてくださった方がいて…
そして、こんなふうに感じてくださっていたのだ…と
心から震える思いがしたものです。

あの時、その先生からいただいたお手紙は、わたしの大きな誇りです。
なんとなく想像していただけますでしょうか?
そんな感じの2年間を
この神聖で特別な場所で
送らせていただいておりました。

ただ…
18.19歳のわたしがそのことに気づいていたかどうかは定かではないのです(^◇^;)

まぁ、気づいてなかったとしても…
そんな幸せな2年間を終え…
いよいよ…
その頃にはまったく想像もしなかった
真っ暗なトンネルの入り口に
なぜだか吸い寄せられるように近づいていくことになるわけです…^^;
それは、また次回に…♡

あ、おまけの豆知識…^ ^

時おり、神宮の『内宮』さんと『外宮』さんのことを

『ないぐう』『げぐう』
とおっしゃる方がいらっしゃいますが…

本来は
『ないくう』『げくう』なのですよ^ ^

曇らない濁らない音ですので…
覚えておいてくださいませねー^ ^