(10)白髪のおじさん

無愛想過ぎるその白髪のおじさんは
わたしにとってそれまで出逢った人とは違う
非常に珍しく見たことのない人種だったのです(笑)

仕事は出来るのに挨拶はしない。

怖いわけではないが近寄り難い何かを感じる。

笑ったら可愛い顔するのに
わたしには笑わない。

ある時、社内で二人だけになってしまう…というシュチュエーションがあり
この気まずい空間をなんとかしたいと思い

思い切って話しかけてみました。

共通の話題があるわけでもなく
何を話しかけたらいいかもわからずに
苦し紛れに
外国人がお愛想に聞いてくる質問と同じことを聞いてしまったのです。

『How old are you?』

あ、もちろん日本語でです(笑)

20代半ば過ぎのわたしからしたら
父と同じくらいの50代後半か60歳くらいかしら…
と想像していたのですが

返ってきた返事は
10歳しか違わない…という

この耳も、この目も疑うような返事だったのです!

そしてまた、こういう時にもわたしは女優になれることはなく(笑)

そのままその驚きが顔に出たらしく

『もっとジジイに見えたんやろ?』

って、そのまま突かれて、ハイともイイエとも言えず
またまた気まずい雰囲気に逆戻り(笑)

ところが、怖いもの見たさでしょうか?
そんなおじさんのことが、やけに気になり
彼の一挙手一投足に注目するようになったのです。

そして、ある日
彼のマンションへ行く…なんていう機会がきました。

一人にしては大きいLDKにテレビとコタツだけ。

部屋に入ると、人のことなんかまったくお構いなしに
台拭きを絞ってテレビの上やコタツの天板、そして
キッチンの流しやレンジの上など
平面という平面を全部拭き

モップを出してきて床にモップをかけたかと思ったら
今度は掃除機をかける。

リビング以外の部屋は
衣装部屋らしい部屋と、寝室らしい。

そして、どの部屋も
綺麗に整いムダなものがまったくない。

少し不思議に思い
また思い切って聞いてみたのです…

『どうしてこんなに物もなくて、綺麗にしてるのですか?』

返ってきた答えは…

『いつ死ぬかわからんのやで。
死んだ時に、誰にみられても恥ずかしくないようにしといたらええやろ…』

身近な人の『死』に直面したこともなく
まさか、自分の『死』はおろか、親のそれさえも考えたこともない20代わたしには…

白髪のおじさんのこの言葉は
とっても印象に残る
そして何かを考えさせられる忘れられない言葉になりました。

それにしても
まだ30代のこの白髪のおじさんは
常にそんなことを思って生活しているのか〜?

さすが葬儀屋さんは、見ているところが違うんだなー
と、それでもまだまだ人ごとのように
その時のその言葉を受け取りました。

それから一年も経たないうちに
それを思い知らされる出来事に見舞われるなんていうことは

これっぽっちも思っていない…
まだまだわたしは、底辺知りたがりの世間知らずのままでした。

おじさんとは、その後少しずつ会話が成立するようになり
やたらと優しい顔も見せてくれるようになり
少しずつ距離が縮まっていくのを肌で感じていました。

でも、このおじさん…
うちの息子たちのパパになってくれるような人種ではありません。

独身貴族を謳歌している…生活感のまったくないおじさんだったのです。

そして、なによりも常にマイペース!
誰かに合わせるなんてこともせず自分の世界をしっかりと生きているのですから
とてもじゃないけど、横からチャチャを入れる隙もありませんでした。

ですから
その部分は、まったく期待できないし、する必要もない…

わたしと会うことはあっても
子供たちに会わせることなんて毛頭考えてもいませんでした。

だって…『家庭…』なんて匂いがまったくしない人だったのです。

ところが
息子の病室へきた彼は
いつもの…クールで人のことなんかおかまいなしの
わたしがそれまで見ていた彼ではありませんでした。

それから
3年以上もの間続いた息子の闘病生活の間に

式も挙げず、旅行も指輪も写真さえも…なんにもなしの
紙切れ一枚の結婚を
この白髪のおじさんとすることになろうとは…ハハハ。