(12)お経の中でポックリ!なんて幸せな死なんでしょう…

そんな…大学病院での生活が1年半ほど続き
右も左もわからなかったその生活も
いつの間にか…知らぬ間に『日常』になっているのを感じるようになっていました。

抜け落ちてまだらになった髪の毛と
パンパンに腫れ上がった顔で
ドラゴンボールの孫悟空のマネを飽きずにやるのにハマっている
そんな彼が
3歳の誕生日を迎えたその嬉しいはずの日の出来事です。

お昼過ぎに一番下の妹が
バースデーケーキを持って病院に来てくれました。

息子は、外部の人と接触してはいけないので
わたしが、ケーキを受け取る…だけの簡単な面会です。

病院食の夕食を、いつものように
息子の残したものをわたしが食べ
それで、済ませた気になるのが常でしたので
そんな簡単な夕食を済ませ

妹の持って来てくれたケーキを
お部屋のみんなで切ろうか…という、ちょうどその時

『近藤さん、お電話ですよー』
と、ナースセンターからコールがありました。

そんなに不思議を感じることもなく
ナースセンターに向かい
差し出される電話の受話器を持つと

電話の相手は、珍しくすぐ下の2番目の妹でした。

あら珍しい…なんだろ?

と、思う間もなく、妹が大きく息を呑んだかと思ったら
すすり泣くような気配さえ感じます。

『どうしたん?』
というわたしの問いに
彼女は一言だけ

『おとうさんが…なくなった…』

耳を疑い…悪い冗談はやめてよ!と思ったのですが
妹は、その言葉を吐くのが精一杯だったらしく
そのあとは堰を切ったような嗚咽が続きます。

嘘だと思いたくても
もう手遅れな現実が
受話器の向こうに存在しているのは
覆しようのない事実のようです。

そのあと
妹と何かを話したのか、それとも誰かと受話器を変わったのか
さっぱり思い出す事はできません。

その日は眠れない夜を過ごし
翌日、事情を察し任せておきなさいと言ってくれる看護師さんたちに無理をお願いして
久しぶりの自宅に戻ったのです。
前夜、お隣…といっても500m以上離れたおうちのおじいちゃんが亡くなり
お通夜が営まれていたらしいのです。

田舎では、『組』と呼ばれる自治会が存在し
地区でお葬式ができると、その組の人たちにお世話になるのですが

その、お隣のおじいちゃんのお通夜の席で

『今日は近藤さんが導師をしてもらえないか?』と頼まれ
お経を読むのが得意な父は
きっと躊躇する事なくその席に着いたであろうと思われます。

お仏壇の前には、父が一人。

その背後に、何十人というお通夜に参列した人たちが座っている状態です。

宗派が違えばお経はわからないし
宗派が同じでも、普段読みなれていないお経は
経本を見ながら一生懸命ついていくしかありません。

そんな…多くの人が経本を見ながらのお経が響くなか
父はお経を読みながら、仏様の前でそのまま息を引き取ったそうです。

異変に気付いた前列の人たち以外の
背後から鳴り響くお経の渦の中で。

なんて幸せな死に方なんだろうと思います。

手継のお寺さんでさえ
『僕たち、毎日お経を読んでますけど
こんな死に方はできません』
と、半ば羨ましそうにおっしゃる始末。

満60歳。享年61歳。

そして、慌てて翌日自宅に帰ったら
わたしより先に
数年前に北海道へお嫁に行ったあの『お姉ちゃん』が
まるで家族か親戚かのように
我が家を仕切っていたのです(笑)

まあそれはここでは横に置いておきますが…

そんなわけで…毎年、父の命日と息子のお誕生日は同じ日…という事実がこんな形でできてしまいました。

まさかこのあと、彼の死によって

わたしの背中に見たこともない金額の借金を背負うことになろうとは全く知る由もありませんでした。