(25)麻痺かキレるか?(笑)そしてタナボタ

さてさて…なにをやめたか?…と申しますと

その頃、お誘いいただいて入らせていただいていたいくつもの『会』を
まずは全部やめさせていただきました。

週に一回とか、月に一回とかの会合があり
経営者の方がほとんどという会でしたので、会合の時間帯は夜という時間帯。

その会合以外にも
食事のお誘いや打ち合わせみたいなのが入るわけです。

夜な夜な、子供と夫を家に残し
のこのこと…ほとんど発言することもない会合に…さも何かをしているように出かけて行くわけでございます。

そのいくつもの会をやめ
夜は家にいることを決めました。

でも、家に居たらいたで
また待ち受けているものは大きく…

なにが原因かもわからないまま
夫に何ヶ月も無視をされ続けます。
何ヶ月もです(笑)

そういうところ…意志の強い人ですから…(笑)

会話の返事はこない…
いえ、会話にならない…のです。
目も合わせてはくれない…

おのずと、そのうち
また無視されるかと思うと
言葉をかけることさえ怖くなり
夫との会話をすることをしなくなりました。

でも人間というのはよくできたものです

無視が続くと
何が怖いって…

自分が傷つくことが何より怖いわけですから

それを回避するための方法を
どこから仕入れるのか知っているのですね(笑)

わたしの場合は
いつの間にか、色々な事から麻痺していく自分を感じていました。
自分を麻痺させる事で
傷つくことも麻痺させようと思ったのかもしれません。

もうひとつその時方法があったとするならば…
『キレる(笑)』という方法。

その時のわたしは
そちらを選択することはできませんでした。

キレる自信さえなかったのです。

キレる…に、自信がいるかどうかは定かではありませんが…(笑)
まあ、ちょうどその頃…倒産のあと借りていた家の契約が切れる時期だったこともあり

私は夫との生活もやめることを決めました。

子供と暮らせるアパートを探しました。

ここからの少し面白い場面は
どうしても文字でお伝えすることがまだできず

ですので今日まで
書くのをずいぶんためらっていたわけですが

『ファンタジア』か何かで
また直接お会いする機会がありましたら
その時にお話できるかと思いますが…

別居して
離婚届も彼に渡し

パートに出てご飯を作って
朝起きてお弁当を作って
子供を送り出して…っていう
普通の生活をしているはずなのに

いえ、普通とは言い難い
お金のない生活です(笑)

アパートの中で
彼の顔を見なくて良くなり
わずかに気持ちが楽になったものも感じながら

それでも
まったく未来は見えない…
そんな日々を送りました。

そんなある日…

ある老紳士とお食事を一緒にさせていただく機会をいただきます。

何の気なしに言ったわたしのひと言にその老紳士が大きなきっかけをくださいました。

何気ない会話の一部です。

『小さい時からなんでかわかりませんが
カウンターの中で着物を着ている自分を見るようなことが何回かあったんですよー』

『え?そうなの?
ぼくの会社の系列のホテルのバーラウンジがね
着物を着てカウンターの中でシェーカーを振ってるママさんがいるんだけどね…
彼女がもうそろそろいい歳だから

きみ、やるかい?』

降って湧いたような話に
驚くばかりでしたが…

45歳を迎えようとする…少しは泥水の中も歩かせてもらったわたしに
もうそうは怖いものはありません(笑)

若い時は
どうしても怖かったお酒の世界や、夜の世界も

さすがにこの歳なら大丈夫かと(笑)

『ぜひお願いします!』

と言っていました。

経済的な困窮も、もちろんありましたが

わたし、その世界でやれるんじゃないかなぁ…
なんていうわずかな期待があったのです。

着物は自分で着れるし
ホテルという守られた場所なら何かが安心だし

なにより
未知の世界を見せてもらえることに
意味もなくワクワクしていました。

 

あ、言い忘れてますね…

離婚届はあえなくゴミ箱行き。

今はあの頃には考えられないような穏やかなパートナーです(笑)