(32)アテンションプリーズ♡

『近藤さん、まだ本気じゃないですよねー?』
と唐突に切り出した御仁に

めいっぱい反論しようとするのですが
あちらも揺るがない…(笑)

『えっ?わたし、本気ですけど…』

って、なんでいきなり噛みつかれたかもわからず言葉を返したら

そのあと…この御仁は思いもよらない言葉を放ちました。

『本気だったら…【 トウキョウ 】ですよね?』

いとも簡単に…サラッと言うその態度に
ムカッときたものの…

その瞬間、わたしがしていたのは
ハラハラと涙をこぼすことだけだったのです。

もう…なにも反論できなくなっていました。

東京…だなんて
考えられるわけがない!

わたしは三重の…それも、ど田舎に生まれたのよ!

そんな大都会に行くわけがない!

だって…大都会東京は怖いのです…わたし…。

だから…地方の都会の名古屋で落ち着こうと思っているというのに…。

ところが

この御仁が予言したかのように
名古屋の物件は流れることになり…

ちょうどその直前に知り合った女性から
『ますみさん、東京で一軒だけ不動産屋さんに行ってみませんか?』

と、誘われました。

はあ…そうですね…

なんていう…大きな気乗りはしない返事をしたかもしれないのですが…

それでも彼女は
熱心にネット上に繰り広げられている無数の物件を眺めたうえで

わたしに、一軒の不動産屋さんを提示してくれました。

きっと、提示だけでは
わたしが、まだ行くことをためらうとでも思ったのでしょうか…(笑)

一緒に付いて来てくれると言います。

まったく東京不案内なわたしには
願っってもない有難いことです。

そして
『もし、この不動産屋さんの担当者が良い人だったら
その人にお任せしましょうか?』

と、彼女に促されて大都会の不動産屋さんに向かいました。

それは…

きっと
たまたま…なのです。

たまたまその人が担当者になってくださっただけなのです…

その人のカウンターの前に二人で座りました。

わずかな会話をして
そのまま物件を見に連れて行ってもらいました。

 

一軒めの物件の
そのなにもない空間を
二人でウロウロ見ながら

目を合わせ、オッケーだね!と
声を出さずに目配せしました。

 

この不動産屋さんの少し堅そうなお名前の…この担当者の人に
すべてお任せしましょう…と。
だって…
トムクルーズそっくりだったのです!
その担当者!(笑)

トップガンの
あのトムクルーズを彷彿とさせるような端正な…
そして…とっても真面目なナイスガイだったのです!

こんな…ミーハーな理由で決めた不動産屋さんではありましたが(笑)

そのトムクルーズのご縁で

港区三田…なんていう
田舎者には想像もできない大都会のお部屋を授かりました。
そして
一番の難関であろうと想像していた
オット…という存在が

いとも簡単に、いえ…拍子抜けするほどすんなりと
東京に出ることを快諾…
いえ、後押ししてくれたのです。

 

流れる…って、こういうことか…

 

と、わかりやす過ぎる現象の数々を
わたしの目の前に提示してくださいました。

そして、このトムクルーズが勧めてくださった物件…

大都会の真ん中なのに

驚くことに
朝は、鳥の鳴き声で目を覚まします!

車の音も、人の声も
ほとんどしない…
とっても静かな有難い環境です。

怖い…と思っていた東京だとは
思えない環境です。

三重の田舎と何ら変わらないような…
いえ、それよりも静かで落ち着く場所です。

 

ただひとつ
引越してすぐに

ゲリラ豪雨があり
その時に聞こえる広報無線が

明らかにここが三重とは違うことを教えてくれました。

『古川の警戒水域が……』
と、難しい言葉を並べる広報無線に

地名もなにもわからなくても

さすがにその川の状況を想像して…
慣れないひとりの空間に不安に感じ
あれこれ思いを巡らせていると…

次に、その広報無線から流れたのは
都会的な女性の声で

まさかの

『アテンションプリーズ…』

だったのです!

たまげて苦笑いして
ひとりでウケていましたが

アテンションプリーズ…のあとの英語は
さっぱりわからず(笑)

わかったのは
ここが、そんな土地だという事だけでした。

ど田舎出身…五十路女の
東京生活は
この『アテンションプリーズ』から始まったのです。